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オペから復帰そしてREBORN・・・


by REBORN
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<   2016年 05月 ( 5 )   > この月の画像一覧

手術

f0362263_16325596.jpg 昨夜は緊張してあまり寝られなかった。7:00に手術着に着替え、点滴を入れる。9:00手術室入室とのことだったので8:40に妻が来てくれた。8:55に歩いて手術室に向かう。なんとなく緊張してくる。手術エリアの前で妻と別れる。ここでまたYsさんと鉢合わせになる。f0362263_16110054.jpg少し言葉を交わした後、銀色に鈍く光る大きな扉が開き係の女性に付き添われ入室。入るといきなり順番待ち…。本人確認のため名前や生年月日などの質問に答えた後、係の人が手術室に案内してくれるというシステム。私の番が来て同じ様に質問に答えた後手術室に案内された。施術室に入る前に担当の女性に「Ysさんが店長をよろしくお願いしますと言っておられました。緊張されていると思いますが、大丈夫ですので任せてください。」と言っていただけたので一気に緊張が解けて安心した。手術台に案内され横になってから気付いたのだが、手術室のスタッフの方は皆「女性」で男性が見当たらない。そして皆一様に逐一優しく言葉をかけて頂けるので安心する…。これが、ゴツイ男が不愛想にしている手術室だったらと思うと「ここで良かったぁ~」と思った。「麻酔お薬の点滴入れますよ。次に目が覚めたら終わってますしね。」の言葉を聞いて10秒余りだったと思う。「すーっ」として記憶が無くなり、「奥村さん!終わりましたよ!」というI先生の大声で起こされるまで体感1~2秒…。本当に不思議です…。部屋に帰ってからもまだしばらくは意識がもうろうとしており覚えている様な、いないような…。時間が経つと同時に徐々に意識がはっきりしてきて妻ともしゃべれるようになってきた。術後、I先生と会い、思っていた以上に切れていたが綺麗に繋げたと言っておられたということとスクリューも無事に抜け現物をもらえたということを伝えてくれ、安心した。スクリューをさっそく見せてもらうと、30年弱経っているのに見た目は新品同様の光を放っており少しびっくりした。医療品ってすごいと思った。これでもうスクリューの痛みからは解放されたと思ったら今度は腰が…。手術台に横になった時、腰のあたりに5cm程度の段差が出来ていて「これ腰ヤバいなぁ~」と思ったのだが案の定…。おまけに、麻酔明け直後と肩の手術という事でずーっと装具をつけて仰向けに真直ぐ横になっていなければならない…。夜には30度までならベットを起こしてもOKが出たが、そのころには腰が鉛のようになっていた。看護師さんは「痛みますか?」と術後の心配をしてくれるのだが、私は傷よりも腰が限界を超えていた…。傷の痛みはさほどでもなく痛み止めをもらうことなく過ごせた(手術前も夜寝るときは大概痛く、痛みで目が覚めることも多かったので…。)。ただ、腰が…。私は、腰の苦痛に耐え、朝を待ちながら「手術なんてするんじゃなかった!」と本気で思っていた。
by 8a1000 | 2016-05-31 23:30 | REBORNへの道

入院

f0362263_10532273.jpg 10:30入院とのことだったが、油断していた。家から5分という近さが災いして気が緩み、朝起きたら10:00をまわっていた。バタバタと準備を済ませ病院へ。受付を済ませた後、病棟へ向かう。ベットがまだ空かず別室で待機。その間病棟説明を受け、同意書なども提出する。昼になり昼食が出た。私が食べないので代わりに妻がチェック!。感想は「意外においしい!」とのこと。少し安心する。 その後、術後「腕」を固定する装具の調整に技師の方が来られた。装具持ち込みで気が引けたが偶然にも同じ製品だったので安心した。1月に同じ手術をした義姉から借りてきた装具を点検し、荒調整してもらう。持ち込みは珍しいらしく「この装具どうされたんですか?」と技師さんも興味津々。事情を説明して納得していただいた…。私としては買うと高いので義姉に感謝!感謝!である。技師さんは点検と荒調整だけで術後手術室でI先生が状況に合わせて細部を調整して装着固定してくれるらしい。技師さんが帰った後はベットが空くのをひたすら待つ。
 14時頃やくベットが空いたので病室に移動する。荷物を整理した後、麻酔科の説明を受けに行く。途中ジムの常連のYsさんに出会う。この病院にはクライマーの知り合いが多いので気分的に安心する。Ysさんと二言三言話して麻酔科へ。明日の予定を含めて丁寧な説明で非常に分かり易かった。病室に帰った後一旦妻は帰宅する。夕食後息子とともに差し入れをもって再度現れた。息子が差し出した箱にはおいしそうなケーキが入っていた。f0362263_10534098.jpg息子曰く「高カロリー・低タンパク・高脂肪 好きやろ!」。にんまりした息子の顔の裏には「1か月の入院でどんだけ太るんかなぁ~」という興味が透けて見える…。まったく…出来た息子だ…。このケーキを最後に明日の手術に向けた絶飲食(朝6時までは水はOK)開始。手術が現実的となる。緊張が高まり不安な中就寝。
by 8a1000 | 2016-05-30 23:30 | REBORNへの道

序章3

 というわけで手術となった。
 ついでにこの機会に場所も近いという事で左肩に長年埋められているスクリューも抜くことになった。このスクリューは30年弱前に山で雪崩事故に遭いその時受けたダメージで習慣性脱臼のブレスト法という手術を受けた時の物だ。このスクリューのおかげで今回はMRIが取れず難儀した。今はチタンを使うのでMRIも取れるらしいが当時はそうではなかったらしい。I先生曰く「今後もまた何があるかわからないので(MRIが撮れるように)抜かしてもらいます」とのこと。私としてもスクリューが当初から肩甲骨の背中側に突き出しており(I先生曰く「2cm程度突き出ている」とのことだった*なぜこんなことになっているかついてはいろいろ難しい事情があるのだ*)後ろの筋肉?に当たって激しい痛みに襲われることがしばしばでこの提案は「一石二鳥」セット価格でお願いします!という勢いで快諾した。これだけではなく私の左手は二頭筋(長頭筋)も切れている…。ついでのついでにその切れた二頭筋も繋ごうかという話もあったがこれはもう10年以上経っているため断念した。
 初診時、I先生は今まで私の左腕に起こった様々なことを先生自ら見つけたり、私から聞き出したりしながら何とも言えない顔でしげしげと私の左腕を眺めておられたのを覚えている…。

 このままでは仕事が出来ないのでオペは最速で!と無理を言ってお願いした。S医大での執刀を待っていたら7月下旬とのことだったが、運よく私の住む市のK総合病院のオペ室が空いていた。そこで5月31日にK総合病院でI先生による執刀が決まった。

  私は復帰する!
 復帰後は受傷以前
 いや
それ以上を目指す!
ルート8a以上1000本
 ボルダー1000段


   絶対登ったる!


by 8a1000 | 2016-05-23 23:30 | 序章

序章2

「ツアー中に回復するだろう」とタカをくくって出発したのだが、ツアーはじめの頃は運転もママならず、ビレイもできず、写真を撮るのも激痛との戦いで、な~んもできず…。2週間目(3.15から数えて)くらいから流石に暇すぎるので登り始めた!?とにかく腕が上がらず激痛、力も入らない中、何とかできるルートを見つけてはチャレンジする日々を過ごしていた…。傾斜があるといくら易しくても全くできないが、傾斜がないルートを選べば結構登れるルートも多いことが分かると同時にこの体で登るコツをつかんだこともあって結果的に7b+までなら大方はOS。7c+も登れた…。一番やばかったのは「クリップ」ホントマジやばかった…。何だったんだろう、何が私をそこまで駆り立てたんだろうか?今から思うと「良く登ってたなぁ」と思う。まぁ、そう言うことで、ハチャメチャなツアーも終わって帰国。症状はと言うと1ヶ月が経とうというのに何の変化も無し!。帰国後すぐ受診すると医者は一言「むりやな!」。という事で、手術も視野に入れて京滋では肩の専門医として名高いS医大のI先生を紹介してもらうことになった。名医と聞いていたので緊張したがI先生は温和で誠実な方で安心した。初診はやはりエコーと簡単な可動域テストを行った。エコーではやはり「切れてますね」とのこと。そこで、造影検査と造影CTで詳細を診断。その結果「肩甲下筋断裂」。ただ私の場合、全体がすべて切れてなくなったわけでなく一部がまだ切れずに残っている状態。造影CTの断層で見ると上腕骨の小結節から肩甲骨の前側(肋骨側)にかなり大きな範囲で注入した造影剤が真っ白に映っており、本来そこにあって黒いグレーに映るはずの肩甲下筋が無く、注入した造影剤が広い範囲で真っ白に映っているのが素人目にもはっきり分かった。そして切れ残ったのであろう腱が辛うじて端の方に細い黒い筋として確認できた。I先生曰く「画像を見る限りでは4分の1残っていればいいのでは?。」とのことだった(後日手術してみるともっとひどかったようで、術後I先生が妻に「思っていた以上に切れていましたが綺麗に繋いでおきました!」と言われたようだ)。ここであえて言っておくが、スペインでのクライミングが症状を悪化させたという認識は今でも持っていない。スペインでは前日の状態を少しでも悪くしないように細心の注意を払い、日々チェックしていた。結果、おかげで痛みは日々収まったものの、可動域と力が戻ってこなかった…。だって、すでに切れたいたんだから…。
by 8a1000 | 2016-05-21 23:30 | 序章

序章1

 ことの発端は2016.3.15ジムが閉店してからの事だった。この日はスペインツアー3日前で最終調整の日だったため、納得のいくように練習しておきたかった。というのも、昨年秋に持病の頸椎ヘルニアのアタックがやってきて、いつも通り左手の動きが悪くなり力が入らなくなってしまった。毎回その都度ステロイド点滴を受けて凌いできているので、今回もステロイド点滴を受け回復を待っていた。通常、1~2か月くらいすると、もとに近い状態になるのだが、この時ばかりはいつもより症状が酷く、3月になっても動きの戻りが充分でなく、左腕から肩甲骨周辺にかけての筋肉も萎縮して充分には戻ってこなかった。
 その日も左手の力と動きに違和感を感じたため、練習を一旦終了しクライミングシューズを脱ぎかけていたにもかかわらず、思い直して「もう一回だけ…。」とラストトライ。「40過ぎてのもう一回はやめる時!」といつも皆に言っているのだが…。この最終トライで案の定、左手がすっぽ抜けて左肘からフォール。「ブチッ」と言うゴムを引きちぎるような音と共に息が詰まる程の激痛が肩に走った。瞬間「あっ、腱板やっちゃったな!」と直感で分かった。損傷?断裂?…。損傷ならしっかり休んでリハビリすれば日薬で問題なし!断裂なら規模によっては手術しか道はない…。あの音と激痛に嫌な予感がしていた…。
 なんとか家に帰り一晩激痛と戦い、翌日地元で定評のあるスポーツ整形外科を受診。通常ならばMRI検査ですぐに分かるのだが、運悪く私の左肩にはスクリューが埋め込まれており磁気共鳴装置のMRIは撮れない…。これには医者もあからさまにガッカリしていた。とりあえずX線とエコー検査で診察。医者曰く「エコーでは切れてるな!繋がんと直らんで!」とあっさり。ただ、エコーでは詳細がよくわからないらしい。手術するにしろ、やはり他の方法で検査してどの部分がどの程度、どんなふうに切れてるのか詳細を把握する必要があるらしい。その結果次第では温存できないことも無いらしい。しかしそう言われてもツアーが2日後に控えておりどうしようもない。とにかくツアーはやめられないので強行することにし、その間は経過観察し、、帰ってからその後のことは考えることにする。「なんだかんだ言って、損傷しているだけでツアー中に回復するだろう」とタカをくくって出発したのだが…。

by 8a1000 | 2016-05-20 23:30 | 序章